製造業では、3D CADやCAM、シミュレーションなど「デジタルのモノづくり」はすでに一般的になっています。
一方で、
- 設計と製造の認識がずれて手戻りが発生する
- 海外拠点・協力会社との打ち合わせに時間とコストがかかる
- 教育・安全指導を紙や動画だけで行うことに限界を感じている
といった課題も、多くの現場で耳にするようになりました。
こうした背景のなかで、メタバース(3Dの共有空間)やVR(ゴーグル型の3D体験)を、
既に持っている CAD/CAMデータと組み合わせて活用しようという動きが広がりつつあります。
この記事では、製造業におけるメタバース・VR活用を、
- 「そもそも何ができるのか」という全体像
- CAD/CAMデータと組み合わせた具体的な活用シーン
- どこから始めるか、どのようにPoC(小さな実証)を進めればよいか
という流れで整理していきます。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の企業・環境・状況への適用や効果を保証するものではありません。内容の利用は読者ご自身の判断と責任にてお願いいたします。参考として合わせてださい。
あわせて読みたい関連記事
→メタバースとは?|メタバースの全体像を徹底解説

監修・執筆:UEL株式会社編集部
UEL株式会社のTechデザイン企画部と現場に精通した社内有識者が監修しています。
目次
製造業におけるメタバース・VR活用とは?全体像をつかむ
メタバース=「複数拠点で共有できる3Dコラボ空間」
ここでいうメタバースは、ゲームの世界のような大げさなものではなく、もう少し実務寄りのイメージです。
製造業におけるメタバースのイメージ:
- ブラウザやアプリから入れる「3Dの会議室・工場・ショールーム」
- 複数拠点・複数メンバーが同時にログインし、アバターとして参加
- 3D CADで作ったモデルや設備レイアウトを、その場でみんなで眺める
- 音声・テキストチャット・ポインタなどでコミュニケーションできる
つまり、
「3Dデータを中心に、離れたメンバーが集まれるコラボ空間」がメタバースの役割です。
- 設計部門と生産技術部門
- 日本本社と海外工場
- 自社と協力会社・顧客
など、「本来なら同じ場所に集めたい人たち」をオンラインの3D空間に集めて、
CAD/CAMデータをベースに議論・検討ができる“場”として活用します。
VR=「個人の視点で没入する3D体験」
一方、VR(Virtual Reality)は、主にゴーグル型のヘッドセットを使い、
一人ひとりがその場にいるかのような感覚で体験する3D空間です。
製造業におけるVR活用のイメージ:
- 実寸大の設備・製品の周りを歩き回って確認できる
- 手順どおりに作業を行うトレーニングを仮想空間で体験できる
- 危険な状況・狭い場所など、現実では再現しづらい場面を安全に体験できる
メタバースが「みんなで共有する3D空間」だとすると、
VRはどちらかというと「一人ひとりが没入して体験する3D空間」というイメージです。
製造業では、
- 組立・保守などの作業トレーニング
- 安全教育・危険体験
- 設備導入前の実寸イメージ確認
といった用途での活用が考えられます。
なぜ今、製造業でこの2つが注目されているのか
メタバース・VRが製造業で注目される背景には、次のような流れがあります。
1.3Dデータ(CAD/CAM)がすでに社内に蓄積されている
- 多くの企業で、設計は3D CADが前提になっている
- CAMやシミュレーション、レイアウト検討などにも3Dが使われている
→つまり、 「せっかくの3D資産を“設計用”だけで終わらせず、もっと活かしたい」というニーズがあります。
2.多拠点・多社連携が当たり前になっている
- 海外拠点・協力工場・サプライヤとの連携が増加
- 顧客企業も国内外に分散し、対面打ち合わせが減少
→ したがって、図面やPDF、画面共有だけでは伝わりきらない部分が増え、
3Dを“同じように見ながら”議論したいという場面が増えています。
3.人材不足・技能伝承・安全教育への課題感
- ベテランの退職・若手不足により、OJTの時間に余裕がない
- 危険な作業や高額設備は、気軽に「触って覚える」が難しい
→ VRやメタバースで、「疑似体験」や「仮想トレーニング」を活用したいというニーズが高まっています。
このように、
「3Dデータがある × 多拠点連携が必要 × 教育・安全に課題がある」
という条件が揃っている製造業は、メタバース/VRと非常に相性のよい領域と言えます。
メタバースとVRの違いと、製造業での使い分け
ここでは、メタバースとVRの特徴を整理しながら、製造業における「使い分けの考え方」をまとめます。
同時接続・コミュニケーションに強いメタバース
メタバースの強みは、「複数人で同時に使えるコラボ空間」であることです。
メタバースの得意分野
- 複数拠点からの参加を前提とした打ち合わせ
- 設計レビュー・仕様検討・レイアウト検討
- 顧客向け説明会・ショールーム・製品発表会
- 社内向けの報告会・勉強会・オープンラボ的なイベント
複数のアバターが同じ3D空間に入り、
- モデルの周りを移動する
- 指さし・ポインタ・マーカーで注目ポイントを示す
- 音声やチャットでリアルタイムに議論する
といったことができるため、
「会議」「打ち合わせ」「説明会」といった“コミュニケーション重視”の場に向いています。
臨場感・没入感に強いVR
VRの強みは、「自分がその場にいるような没入体験」です。
VRの得意分野
- 作業手順の体験(組立・保守・点検など)
- 危険エリア・狭所など、実際には再現しづらい場所での体験
- 実寸サイズでの設備・製品の確認
- 作業姿勢・動線など「身体感覚」に関わる検証
ヘッドセットを装着することで、視界全体が仮想空間になり、
「実際にそこで作業している感覚」に近い状態を再現できます。
- この姿勢だと無理がある
- この位置だと工具が届きにくい
- この高さだと視認性が悪い
といった、“やってみないと分からないこと”を事前に検証する用途に向いています。
CAD/CAMデータを「共有する/体験する」の視点で整理
両者の違いを、CAD/CAMデータの活用という視点で、シンプルな表にまとめます。
| 観点 | メタバース活用 | VR活用 |
| 主な目的 | 3Dデータを共有して議論・合意する | 3Dデータを体験して理解・検証する |
| 利用人数 | 複数人で同時参加(会議・レビュー向き) | 基本は1人ずつ(順番に体験するイメージ) |
| 強み | コミュニケーション・レビュー・説明 | 没入感・実寸感覚・作業体験 |
| 適したシーン | 設計レビュー/仕様検討/顧客説明 | 作業トレーニング/安全教育/実寸検証 |
| 利用機器 | PC/タブレット/一部スマホなど | VRヘッドセット(+PCまたはスタンドアロン) |
| CAD/CAMデータの見せ方 | みんなで同じモデルを囲んで確認 | 自分の視点で近づく・覗き込む・動きながら確認 |
まとめると:
- メタバース:CAD/CAMデータを「共有しながら議論する」「離れたメンバーと合意形成する」場に使う
- VR:CAD/CAMデータを「実寸で体験しながら検証する」「作業を疑似体験する」場に使う
という整理が分かりやすい考え方です。
CAD/CAMデータを活かしたメタバース活用シーン
ここからは、CAD/CAMデータを活かしたメタバース側の活用シーンを見ていきます。
3Dモデルを囲んだ設計レビュー・仕様検討
これまでの設計レビューは、
- 図面PDFやスライドを画面共有する
- 3Dビューアの画面を共有しながら説明する
といったスタイルが中心でした。
メタバースを使うと、これが「3Dモデルを囲んで議論する場」に変わります。
イメージ:
- 会議の参加者がアバターとしてメタバース空間に入室
- 中央に3Dモデル(製品・ユニット・設備など)を配置
- 必要に応じてモデルを拡大・回転・分解して確認
- 気になる部分に近づき、ポインタやコメントで「ここが気になる」と指摘
この形にすることで、
- 「どの部分の話をしているか」が視覚的に共有しやすい
- 生産技術・品質・営業など、設計以外のメンバーも直感的に参加しやすい
- 現物や試作が手元にない段階でも、具体的な議論がしやすい
といったメリットが期待できます。
設備レイアウト・動線の検討と合意形成
工場や生産ラインのレイアウト検討にも、メタバースは活用しやすい領域です。
従来のやり方
- 2Dレイアウト図(CAD図面)上で配置を検討
- 3Dシミュレーションを動画で確認
- 現地で実寸を見ながら微調整
メタバース活用のイメージ
- 3Dで再現した工場レイアウト(設備・通路・ラックなど)をメタバース空間に展開
- 生産技術・製造・安全・保全部門が、同じ空間内で通路幅・動線を確認
- 「ここは人とフォークリフトが交差しそう」「ここは物が置かれがちで危険」など、現場感のある会話をその場で行う
このように、
机上の図面だけではイメージしづらい点を、3Dで共有しながら合意形成できることがポイントです。
営業・サービス向けバーチャルショールーム
CADデータをベースに、メタバース上にバーチャルショールームを作る活用も増えています。
バーチャルショールームの特徴
- 実機を置くのが難しい大型設備やライン構成を、3Dで再現
- 顧客と一緒にメタバース空間に入り、設備の周りを歩きながら説明
- 内部構造や動作イメージも、アニメーションなどで見せられる
これにより、
- 出張・展示会だけに頼らないオンラインの提案・デモ
- 顧客社内での説明・検討の場としての再利用
- サービス・メンテナンススタッフ向けの構造理解・手順説明
といった場面で、CADデータを「見せる営業資産」として活かすことができます。
CAD/CAMデータを活かしたVR活用シーン
続いて、CAD/CAMデータを活かしたVR側の活用シーンを見ていきます。
VRで見る“実寸大”の製品・設備イメージ体験
カタログや画面の中の3Dモデルでは分かりにくいのが、「実寸の感覚」です。
VRでは、
- 人の身長を基準に、設備の高さや奥行きを体感できる
- 実際にその場に立ったときの見え方・圧迫感を確認できる
- 複数の設計案を切り替え、「どちらが作業しやすいか」などを比較できる
といったことが可能になります。
この実寸感覚は、
- 操作盤の高さ・角度
- 点検口の位置
- 足元のスペース
など、最終的な使い勝手に直結するポイントの検討に役立ちます。
組立・保守作業のVRトレーニング
VRは、組立・保守などの作業トレーニングとも相性が良い領域です。
VRトレーニングのイメージ
- CADデータから作られた仮想設備の前に、受講者が立つ
- 手順どおりにボルトを外す/カバーを開ける/部品を交換するなどの操作を体験
- 手順を間違えた場合は、その場でフィードバック
- 複数パターンのトラブル事例を、シナリオとして体験できる
これにより、
- 現物を使ったトレーニングの回数を減らせる
- 実機では試しづらいパターンも含めて、事前に経験させられる
- 教える側の負荷を少しずつ軽減できる
といった効果を狙うことができます。
危険エリア・狭所作業の疑似体験による安全教育
安全教育では、「実際に事故を起こすことはできない」という制約が大きな課題です。
VRを活用すると、
- 高所作業・狭所作業・重量物の搬送など、危険を伴う状況を仮想的に再現
- 「この状態で作業すると危ない」「この位置に立つと危険」などを体験ベースで理解
- 正しい手順・安全対策を行った場合との違いを、その場で比較
といったことが可能になります。
ポイント
- 単なる「怖い映像」を見せるだけでなく、「自分の行動によって結果が変わる」シナリオを設計することで、学びの定着を高められる。
- CAD/CAMデータから作った設備やラインを使うことで、自社の環境に近い状況での安全教育が行いやすくなる。
メタバース/VR導入のステップとPoCの進め方
ここからは、実際にメタバース/VR導入を検討する際のステップを整理します。
まずはどの工程から始めるか(設計/生産準備/教育など)
いきなり全社・全工程での導入を目指すのではなく、
「まずはどこから試すか」をはっきり決めることが重要です。
たとえば、次のような考え方ができます。
メタバースから始めると相性が良い領域
- 設計レビュー・仕様検討(設計 × 生産技術 × 品質)
- 設備レイアウト・動線検討(生産技術 × 製造 × 安全)
- 顧客向けのオンラインデモ・ショールーム(設計・営業・マーケ)
VRから始めると相性が良い領域
- 組立・保守作業のトレーニング(製造・サービス)
- 安全教育・危険体験(安全・人事・教育)
- 実寸感覚を重視する設備導入前の検証(生産技術・設備保全)
自社の課題や優先度に応じて、
「最初の1テーマ」を1つ決めるところからスタートすると進めやすくなります。
既存CAD/CAM資産の棚卸しと、データ連携の考え方
メタバース/VR活用の前提となるのが、CAD/CAMデータの整理です。
事前に確認しておきたいポイント
- どのCADソフト/フォーマットを使っているか
- モデルの階層構造(アセンブリ・部品)や属性情報がどうなっているか
- CAMやシミュレーションデータ(加工条件・工具軌跡など)がどこまで整理されているか
- どのデータが誰の管理下にあるか(設計/生産技術/外注 など)
そのうえで、
- メタバース・VR側で扱えるフォーマット
- どの程度の軽量化や加工が必要か
- 秘匿したい部分(内部構造・コア技術)をどのように処理するか
といった点を整理していきます。
ポイント
- 最初から「全製品のデータを完璧に整理しよう」とせず、
PoCで使う範囲から優先的に整備するほうが現実的です。 - PoCで得られたノウハウをもとに、
「メタバース/VRで使いやすいCADデータの作り方」を設計ルールとして標準化していくイメージが望ましいです。
小さく試して横展開するための社内体制づくり
メタバース/VR導入を成功させるには、体制づくりも重要なポイントです。
関わることが多い部門の例
- 設計・開発部門
- 生産技術・製造部門
- 品質・サービス部門
- 情報システム・DX推進部門
- 人事・教育部門(研修や安全教育で活用する場合)
PoC段階では、これらの中から「少人数の横断チーム」を組成し、
- 目的・KPI(何をもって成功とするか)の整理
- テーマ選定・スケジュール・評価方法の合意
- 導入後のフィードバック収集・改善
までを一通り回してみると、その後の横展開がぐっとやりやすくなります。
PoCをうまく進めるためのポイント
- 期間とゴールを明確にする
(例:3ヶ月で3回のレビュー会を実施し、手戻り回数や移動時間の削減感を確認) - 「完璧な仕組み」を目指しすぎない
(使いながら改善する前提で進める) - 結果と参加者の声を、社内で共有する
(成功・失敗どちらも含めてナレッジ化)
このように、
「小さく試す → 学ぶ → ルール化して横展開」というサイクルを回すことが、メタバース/VR活用を定着させる近道です。
よくある質問(FAQ)
メタバースとVR、どちらから始めるべきですか?
解決したい課題によって優先順位が変わります。
・設計レビュー・レイアウト検討・顧客説明など、
「複数人でのコミュニケーション」が主目的ならメタバースから
・作業トレーニング・安全教育・実寸検証など、
「体験・没入」が主目的ならVRから
を優先する考え方が分かりやすいです。
特別な3Dデータを新たに作らなければなりませんか?
基本的には、既存のCADデータを活用する発想が中心です。
・すでにある3D CADデータをベースに、軽量化や加工を行う
・必要に応じて、内部構造などをマスクした「外観モデル」を作る
など、今ある資産を「見せ方」を変えて活かす方向で考えるのが現実的です。
VRゴーグルがないと始められませんか?
メタバース活用については、PCやブラウザだけで始められるケースもあります。
メタバースはPC・タブレット・ブラウザ対応のサービスも多く、
VRゴーグルなしで導入検討できるパターンもあります。
VRトレーニングを行う場合は、ヘッドセットの準備が必要ですが、
まずは少数台からPoCを始める方法も考えられます。
どのくらいのPCスペック・ネットワーク環境が必要ですか?
利用するサービス・データ量により異なりますが、事前の動作確認が重要です。
・CADモデルのポリゴン数やテクスチャの有無によって負荷が変わる
・拠点間をまたいだ利用の場合、ネットワーク帯域も影響する
そのため、PoCのタイミングで「想定する実データ」を用いて試すことが大切です。
まとめ
製造業におけるメタバース・VR活用は、
「まったく新しいことを始める」というよりも、
すでに社内にある CAD/CAM・3Dデータという資産を設計部門だけでなく 製造・品質・営業・サービス・教育まで広げて活かす
ための取り組みだと捉えると、イメージしやすくなります。
この記事で整理したポイントをあらためてまとめると、次のとおりです。
- メタバースは「複数拠点で共有できる3Dコラボ空間」
設計レビュー・レイアウト検討・顧客説明など、コミュニケーション・合意形成の場として活用しやすい - VRは「個人の視点で没入する3D体験」
作業トレーニング・安全教育・実寸確認など、体験・没入が重要な場面で活用しやすい - CAD/CAMデータを「共有する/体験する」という視点
メタバースとVRを使い分け・組み合わせることがポイント - 導入は、いきなり全社ではなく、1つのテーマ・1つの工程から
小さく試し、PoCの結果をもとに横展開するほうが現実的
あなたの会社のモノづくりプロセスの中で、
- 「ここは拠点間・部門間の認識合わせに時間がかかっている」
- 「ここはもっと体験型の教育を取り入れたい」
と感じている工程があれば、そこがメタバース/VR活用の入り口になりえます。
まずは、既存のCAD/CAM資産を棚卸ししつつ、
「このデータを3Dの場で共有したら、どんな会話が生まれそうか?」
「この作業をVRで体験できたら、何が変わりそうか?」
といった観点で、最初の一歩を検討してみてください。









